第1章

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 「私は一人の刑事として出来ることはすべてやりたい。それだけです」  金田は横目で加賀の顔を見た。自分の青臭いとも思えるような言葉をどう受け取ったのか知りたかったからだ。加賀が優秀な刑事であることを直属の部下である金田はよくわかっていた。だが、優秀だからこそ、この人はその能力を出し惜しみすることはないが、なかなか自分の本音を話さない。常に見えない壁越しに人と話している、金田はそう思っていた。そんな人でも自分の本音をぶつければ、この人の本心が見えるかもしれない。金田は少々の期待に胸を膨らませた。  「お前は何も見えていない。だが、それがお前の強さだな」  そういってただ目の前に広がる闇を見つめる加賀の表情は子供を見つめる老人のような優しさに満ちたものだった。  「そういえば加賀さん、あのボールペン今日は持ってないですね。いつも胸ポケットのところにつけているのに」金田はふと思い出したように呟いた。  「ああ 娘のくれた品だがちょっと今日は家に忘れてきてしまったらしい」  「へー、そうですか」  金田もまた目の前に広がる闇を見つめた。その中に微かな光を探した。  「アリバイがなく、最も怪しいのはこの2人です」  金田は対策本部部長の机の上に自分のまとめた調査書を叩きつけた。事件発生から3日経った朝七時半のことだった。朝日が差し込む本部長の部屋は隅に並べられた本部長お気に入り骨董品が朝日を反射し、目をつぶってしまいたくなるほどの光を生み出していた。  「一人目は田村治、36歳、魔法管理局第3支部副部長です。事件発生当日、出席予定だった会議を体調不良ということで欠席しています。本人は自宅で療養していたといっていますが、一緒に暮らしている彼の妻は出産間近ということで近く病院に入院しています。つまり、アリバイを証明する者はいません」  「十分な財産、地位を持っていて、自分の子供が生まれてくる幸せを絵に描いたような男が食い逃げをしたと?」呆れた顔で本部長、松木竜太郎は言った。  「今回の調査の結果、あの日スカイフォレストは期間限定食べ放題メニューを出していたそうです」  「それが食べたくて、自分たちの作ったセキュリティを自分たちで破ったというのか?」
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