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寒い冬の日に、ある理由で懐かしき地元へと足を運んでいた。
学生時代に散々踏破した道のりを歩いていると、過去にタイムスリップしたような不思議な感覚に襲われ、気づけば予約を入れた旅館への道を外れていた。
自然とあの場所へと歩いている。
学生時代に青春の酸いも甘いも全てを味わった場所だ。普段は人気も無く、プライベートな時間を過ごすのにはうってつけの場所だった。
だから驚いた。
先客がいることに。
「こんにちわ」
「こ、こんにちわ」
どもりながら挨拶を返す。
眼鏡をかけた、どこにでもいそうな風体の少女だったが、私は金縛りにあったようにその場に立ち尽くした。
少女はこちらを気にする風はなく、手にしたカメラで風景をフィルムに収めている。
「こんなところに来るなんて物好きですね」
「ん、あぁ、ここはなんというか、思い出がつまった場所でね。えっと、なんだ、そのカメラなんだけど」
カシャリとシャッターを押す音が聞こえる。随分、さまになっているな、と思った。
「かなりガタがきているみたいだね。新しいものに変えないのかい?」
「そのつもりはありません。例え壊れても修理して使い続けます」
「どうしてそこまでこだわるの?」
「宝物ですから、大切な」
そのカメラは何年も前、たった一人でこの地から旅立った時に少女へと手渡したものだった。
「そっか、そうだったね。私が最愛の人からプレゼントしてもらった宝物だった。だから君にあげたんだ」
「ええ、だから私の宝物になりました」
シャッターを押す音をもう一度響かせてから、少女はにこやかな笑みを浮かべた。
「お帰りなさい、お父さん」
「ただいま」
大きく成長した愛娘に、私は同じ笑みで答えた。
完
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