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宇賀神は、屋敷専属の板前に作らせたお粥と蜂蜜入りの生姜湯を持って部屋に戻ってきた。 お粥を作らせたせいで少し手間取ったけれども、川嶋が掠れた声でも「お腹空いた」と言っていたのをちゃんと聞いていたのだ。 サイドテーブルにお盆を置いて、寝ていたらいけないと思ったから、そっと盛り上がった毛布の中を覗き込む。 「アキ?」 毛布の中身が丸めた毛布だった。 まるで高校生が夜中に家を抜け出すときに寝ているふりをするための身代わりのようにお粗末なもの。 その布の重なりの中に、彼の愛しいひとの姿はない。 宇賀神の顔色がさっと変わった。 「高原!」 地の底から響くような低い声で、側近の名を叫ぶ。 宇賀神の後ろに常に影のようにつき従っている男は、今は部屋の外に控えている。 「はい」 全てを心得ている男は、呼ばれてもすぐには寝室に踏み込んでこない。声だけが短く応えた。 「アキが拐われた」 短く吐き捨てるように告げられた言葉に、昔からそのひとをよく知っている高原も思わず驚いたように声を上げた。 「姐さんが?!」 「俺がここを離れたのは20分程度だ、まだ遠くには行っていないはず…すぐに追いかけろ」 屋敷内から連れ出したということは、内部の裏切りだ。 宇賀神会の中枢であるこの家の中に、外からは侵入できるはずもない。 ましてや宇賀神の部屋は屋敷の中でもかなり奥まった位置だ。 部屋の前に護衛をつけておくことを必要としないほどの。 「親父にも一応報告しとけ」 そんな奥にまで入り込める人間の裏切りなど、あってはならないことだ。 そして川嶋は、宇賀神の最愛の相手であると同時に、宇賀神の父、関東の極道を一手に束ねる宇賀神会会長のお気に入りでもある。 親子で好みのタイプが似るのか、川嶋の顔を見れば二言目には「そんな図体デカイだけの息子はやめて私のところにこないか、テクニックはこっちのほうが上だぞ」とちょっかいかけては、川嶋に軽くあしらわれるか、宇賀神に追い払われているのだ。 だから、この際、使えるものはプライドを捨ててでも使うべきだ。 そうでなくても川嶋は今体調が悪い。 早く取り戻さないと取り返しのつかないことになったら。 「裏切り者は殺すなよ、生かして俺の前に引きずってこい。この俺の伴侶に手を出すとどうなるのか、思い知らせてやる」 いっそ殺してくれ、と絶叫するほどの制裁じゃ足りないぐらいの地獄を見せてやる。
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