404人が本棚に入れています
本棚に追加
あえていかようにも取れる受け答えで含みを持たせると、果たして何を想像したものか、常日頃から未森のファンを自称する男性客の口許に一瞬、何とも言えない弛緩した笑みが浮かぶ。だが、すぐに表情を引き締めると、うんうんと今度はしかつめらしく頷いてみせた。
「そうかあ、いくら可愛い顔してても未森くんもお年頃だもんなあ。でも、若さにかまけて遊ぶのはいいけど何事もほどほどにするんだよ」
「はい、肝に銘じます。──やっぱり、大人のひとの言葉って含蓄がありますね」
勉強になります、と反省混じりの笑顔を返すと、まんざらでもなさそうにいやいや、と照れくさそうに手を振った男性客が、見事に的はずれの発言をしていることにも気付かずにじゃあね、と店をあとにする。その背中にありがとうございました、といつもの挨拶を投げてから、まあ、でもあながち間違ってもいないのか、と未森はふと、たった今彼が口にした言葉をひそかに反芻した。
──そう、おそらく彼が決定的に勘違いしているのはただひとつ、未森の相手が女性だと信じて疑っていない点だけだ。
「……おい。そうやって、さっきからいったい何人の男をたぶらかすつもりだ?」
「──あ、店長。おかえりなさい」
いつの間に戻ってきたのか、未森が来たのと入れ違いに休憩に入っていた周防が、呆れとも感心とも付かない複雑な表情でバックヤードからすがたを現す。おそらくモニターで先程から店内の様子を観ていたのだろう、苦虫を噛み潰したような口許にわずかに懸念の色が見て取れた。
「……大丈夫か、未森」
最初のコメントを投稿しよう!