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「嫌だな、店長、何言ってるんですか。さっきのお客さんにも言いましたけど、あれからひと月近く経つんですよ。見るひとが見たらまだ分かるみたいですけど、もう全然痛みとかはないですし」  彼が謂わんとしていることを知りながらわざと話の軌道を逸らすと、その未森の意図を感じ取ったのか、眉間を指で押さえた周防が大きなため息をひとつ落とす。 「……おまえ、あれから少し変だぞ」  改めて指摘されるまでもなく、自分があの日からどこかふわふわと地に足が着いていないような状態にあることを、誰よりも未森自身が強く感じていた。  ──あの夜、久遠とともにひまわり畑をあとにして帰路に就いた未森を待ち受けていたのは、涙で顔をぐしゃぐしゃにした妹と同じく泣きはらした赤い目をした母親。それから、ふだんは温厚で、何事に対してもめったに声を荒げることのない父親の、初めて見る憤怒の形相だった。  そのまま、玄関に入るや否や、有無を言わさず頬に強い衝撃を受け、気が付いたらドアに背を預けた格好で呆然と立ちつくしていた。  ──まずは、母さんと花梨に心配を掛けたことをきちんと謝りなさい。  たった今、自分に対して手を挙げたとは思えないほどの冷静な声音で諭され、ごめんなさい、と何度も喉を詰まらせる涙の予感とともにようよう言葉にする。とたんに、花梨の華奢な腕が背中に絡みつき、もう離すまいとするように渾身の力でしがみつかれた。  ──……ばか。兄のばか。どこまでひとを心配させたら気が済むのよ。  最低、ばか、死んじゃえ、と口ではさんざんなじりながらも、花梨はいっこうに未森から離れようとはしなかった。その熱くやわらかな肌からふわりとあの母親のお高いボディソープの香りが立って、ふいに未森にようやくわが家に帰ってきたことを実感させた。
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