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これまでおのれが当たり前のように享受してきたことたちが、けれど本当は、決して当たり前のことなんかではなく、父や母の細やかな配慮のうえに初めて成り立っていたものであることを、未森は今日の旅を経てようやく知ることができた。
──……バイト、できればこのまま続けさせてほしい。
そのうえで思わず口を衝いた願いは、だから未森が今、心から欲するものだった。
──一緒に働きたい仲間がいるんだ。お客さんたちもみんないいひとたちだし、僕目当てに来てくれる可愛い女の子だっている。
周防に安積、いつも笑顔で未森に話しかけてくれる常連客たち──そして久遠。
最初はただ近所だという理由だけで何気なく選んだバイト先が、いつの間にか自分にとってこんなにも大切な場所になっていたことに、未森自身、新鮮な驚きを覚えつつも、その変化に知らず笑みがこぼれる。
──……やだ。兄、泣いたカラスがもう笑ってる。
──何、そのカラスって。やっぱり花梨、本の読み過ぎで頭が毒されてるんじゃないの?
──え、うそ、兄が知らないはずないじゃん。……あ、分かった。そうやって、またひとのことからかおうとしたってそうは問屋が卸さないんだから。
──ほらほら、兄妹げんかはそこまでにして。……未森、そんな薄着で寒かったでしょう。お風呂沸いてるから早く入って温まりなさい。あ、それとも、その前に何か少しでもお腹に入れる? 今日はお父さんもいるし、久しぶりに家族そろってお夕飯頂けるわね。……ほら、花梨。あなたも、いい加減お兄ちゃんから離れなさい。
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