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 異変に気付いたのか、隣の席から久遠が小さな声で呼ぶのに、大丈夫です、とかろうじて応える。そうして、薄闇のなか、こちらに向けられているのであろう彼の瞳を見つめて、声にならない声で懸命に問いかける。 「……どう、して……」 「……え?」  ──これ、未森くんにどうかな、と思って。  あのとき、この公演のチラシを差し出しながら久遠が何気なく口にした言葉が、白くかすみゆく意識のなか、そこだけ鮮明に輪郭を灯す。 「ねえ、もし具合が悪いなら、無理しないでいったん外に出よう──歩ける?」  ──どうして今日、僕にこれを観せようと思ったんですか? 「……未森くん? おい、どうした──」  問いかけは最後まで声にならず、ただ長く尾を引く流星のように、未森の意識ごと連れ去ってあとかたもなく消えた。
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