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南向きの窓から春の陽が差し込む。懐中時計の時刻は十一時になろうとしていた。
そろそろ迎えの車が到着するころだ。俺は本を閉じひとり掛けのソファから立ち上がると、ベッドの足元に用意していた革のトランクを持ち上げ廊下へ出た。
年季の入った木造の階段をおりていくと、一階の談話室にはまだ半数ほどの生徒が残っていた。久しぶりに実家へ帰れる高揚感もあって賑やかだ。
学舎のセント・ポールズは、貴族の子弟が集う全寮制パブリックスクールで、ロンドンのバーンズに位置する。明日から三学期の始まる四月下旬まで長期休暇に入る。
「もう行くの、アシュリー」
玄関を出る直前、ランディに声をかけられ足を止めた。同じ下級六学年の十七歳で、演劇部の仲間でもあるランディは、中性的な面立ちの優しく人当たりの良い少年だ。
「ランディ、もう帰省したのかと思ってたよ」
「先生の手伝いで駆り出されてたの。十一時半に迎えが来るから抜けてきたんだ。休暇は何して過ごすの? 僕はいとことキャンプに行くよ」
「俺は叔父のブライアンとオペラ鑑賞。あとは五月祭の台本を覚えるくらいかな」
「ああそれ! 僕不安だよ。台詞の多い役は初めてだから」
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