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 ぴん、と。 「あ」  ナイフが跳ね飛ばしたのは、耳ではなく眼鏡だった。  蜻蛉は思わず声を漏らした。その様子に猫は笑った。 「清潔で潔癖なお前が冷静に人間を殺せる。その『スイッチ』があるんじゃないかと踏んでね」  猫が苦し紛れの蹴りを繰り出したとき。眼鏡を弾かれた蜻蛉は、わざわざ隠れてスペアをかけた。 「あんたがあのとき逃げたのは、眼鏡がなくなって視界が悪くなったからかと思った。けどさ、その眼鏡を拾って見てみたら、不思議なことに視界は実にクリアなワケ。やり合ってる最中になんで伊達眼鏡をかけ直す? そもそも狙いをつける必要もないくらいの近距離だ、私はあのとき撃たれててもおかしくはなかった。ま、撃たれる気はさらさらなかったんだけどさ」  蜻蛉を見下ろし、猫は静かに問いかけた。 「ねえ、蜻蛉。あんたさ、眼鏡なしでひとを殺せる?」  蜻蛉は、答えることができなかった。  声を出すことが、できなかった。 「眼鏡はフィルターだったんじゃないか。仕事のたびに、殺しのたびに、違うのをかけてたのもそう決めてたからじゃないのか。視界に眼鏡を挟むことで、レンズの外での自分の殺しを、生身の自分と決定的に分けておきたかったんじゃないか」  猫の声は不思議なほど穏やかに、しんと密やかな駐車場に透る。猫から滴る血と雨の雫が、時折ぱたぴたぽたと奇妙な模様を描く。 「ひょっとして、賞金首しか殺さなかったのも、犯罪者なら殺したっていくらか罪悪感がマシになるとか、そういう理由だったりする? 分かってるだろうけどきれいごとだね、いっそ清々しくっていいんじゃない? そこまでしてあんたが殺し屋を続けるのは、まあなんのことはないんだろうな。生きるためなんだろうからさ。知ったことじゃないけど」  飄々と朗々と、一方的なお喋りを、猫は質問で締めくくる。 「さあ、これが勝手なイメージをつぎはぎしたあんたの人物像。教えてくれよ殺し屋蜻蛉、答え合わせをよろしく頼む――お前は、ひとを殺せるか? 眼鏡っていう小道具なしで」
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