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「まぁ、あなた幻草学者なの?」
「はい。といっても、まだ駆け出しですけど」
女性に招き入れられ、レシェーナは一時の休息を得ていた。来客用だと出されたホットミルクの甘さと温度が自然と彼女の顔をほころばせる。
女性の名はエルサ。レシェーナよりも年上らしく、三十代前半といった風貌。どこか落ち着いていて安心するような空気を身体に纏っている。初対面のはずのレシェーナだが、彼女の前では何故か心が安らぐような感覚を得た。
彼女はここで町に売るための薬草や農作物を育てているらしい。小屋から離れた場所に畑があるのだとか。元々は父親の仕事だったらしいのだが、他界後に引き継いだのだという。しばらくは母親と二人、二人三脚で頑張っていたらしいのだが、その母も亡くなり、現在は独りということだ。
一通り聞き終えて、レシェーナ自身彼女に少なからず親近感を覚えていた。
「駆け出しでもすごいのでしょう? そもそも、なれる人の限られている職業だと聞くわ」
「それは……そうかもしれません……」
急に口ごもったレシェーナから何かを察したのか、エルサは唐突に話題を変える。
「そういえば、どうしてこの辺りに?」
「わたし、町に行こうと思ってて。そしたら、その途中で幻草の反応があったので調査しようとしたんですけど、獣に追われて――」
「必死に逃げていたってわけね」
「……はい」
疲れたように息を吐き出す。
「幻草の反応というのが気になるわね。やっぱり、学者さんはわかるものなのかしら」
「ああ、いえ。そういうわけじゃないです」
レシェーナは首から下げていた木製の十字架を見せた。
「この子が幻の気配を報せてくれるんです」
エルサが食い入るように視線を注ぐ。珍しいものだからということもあり、レシェーナはほんの少しだけ誇らしい気持ちになった。
「といっても。気まぐれな子なので、教えてくれない時もありますけどね」
笑いながら言うと、エルサは驚いたような顔をする。
「あら。そうなの?」
「そうなんですよ。あと、この子が術にかかったりすると全然ダメなんです。ただ、この子が鳴った時は必ずそこに幻の力があります。それだけは外したことがありません」
自慢げに告げる言葉はこれまでの旅によって証明されており、レシェーナは過去に何度もこの木十字に振り回されてきたが、その経験も今となっては良い思い出になりつつあった。
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