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「これって、あなたの言う『奇妙なこと』じゃないかしら?」
エルサが静かに訊ねる。しかし、その唇が震えているのをレシェーナは見逃さなかった。
数秒の沈黙。
「そう……ですね……」
レシェーナは言い辛そうに告げた後、椅子から立ち上がり、部屋の隅に置いてある自身の荷物へと向かった。そして、中から一冊の本を取り出すと、机の上に開いてみせる。
「心当たりがあるのはこれですかね」
その頁には真っ白の花があり、見開きを使って大きく鮮明に描かれている。まるで写真なのではないかと錯覚してしまうほどの絵だ。
「『ハクラクラシベ』?」
「はい。人に幻覚をみせる幻草です。最大の特徴は幻覚作用のある香りが脳に寄生するということでしょうか?」
「寄生って……つまり、どういうこと?」
図鑑を開きながらレシェーナはあくまで淡々と説明を始める。
「一度香りを嗅いでしまうと、脳の中に入り込んで幻覚を見せるので、元になった植物が周囲になくても幻覚作用が現れるんです。だから、幻覚だって判断が難しいんです。どこに行っても現れたら、それが幻だなんて思いませんから。しかも、脳に作用するので、かなり本物に近いものを見せられるはずです」
幻草のことになると、レシェーナはずいぶんと饒舌だった。早口で少し興奮気味にも見える。長々と説明をしている間、エルサは眉一つ動かさず静かに聞いていた。
「対処法はあるのかしら?」
あくまで冷静にエルサが訊ねる。
「あります。二つほど」
しかし、レシェーナはすぐに対処法を言わない。それよりも、彼女はエルサの反応に驚いているようだった。
「どうかしたの?」
「いえ、その、けっこう落ち着いてるな、と思いまして」
レシェーナは経験上様々な人に幻草というものについて説明している。その誰もが最初は信じないものだ。幻草の力は強く、普通はすぐに信じられないようなことが山のようにある。それまで当たり前のような日常を送っていたのなら、レシェーナの話など夢や空想だといって吐き捨ててしまう者もいるのだ。
「そうね。自分でも不思議だわ。でも、もしかしたら、私はあの人が幻であって欲しいと思っているのかもしれないわ」
エルサが視線をどこか遠くへと向け、昔を懐かしむように小さく息を吐く。
「短い間だけど、彼と一緒に時間をすごして私は思っていたの。『こんなに良い人が私の前に現れるはずがない』って」
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