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「先客がいたか」
思わず呟いた僕に相手は振り向く。
「あ、おはようございます」
久し振りに眼鏡を掛けた小梅(こうめ)だ。
「今朝なんて雪も降ってるのにわざわざ」
カメラを奥の梅の木に向けたまま彼女は丸眼鏡のレンズ越しに僕を見詰める。
寒さで色味が無いだけに生のままの唇とも分かった。
同時に最近部室で見掛ける時のテカテカした唇はそういう化粧だったと今更ながら気付く。
「一緒に撮りたかったんです」
一眼レフをぶら下げた僕のパーカーの胸に眼差しが突き刺さる。
今まで意識しなかったのに妙に胸に重たく感じた。
「一緒にって」
去年の今頃から僕は毎朝この境内の梅の枝を撮っていた。
だが、それは後輩の彼女を含めた同じ写真部の誰にも言ってない。
「この木だけ白梅(しらうめ)なんですね」
この半年で男の子のようなショートからセミロングに伸びた、真っ直ぐな彼女の黒髪に粒の大きくなり始めた雪が次々降り積もっていく。
「そうだよ」
周囲の木の枝にも咲き掛けた紅色の花を覆い隠すようにうっすら雪が乗り始めていた。
「今日やっと咲いて分かりました」
こちらを見据える丸眼鏡のレンズに解けた雪の雫が伝う。
彼女の髪をなぶるようにしてこちらに吹き付けて来た風はどこか湿った梅の香りを含んでいた。
「そうか」
奥の梅の木は既に枝の根から先まで真っ白な雪を宿している。
どこまでが雪で、どこからが咲き始めの花なのか。
見極めるような気持ちで一眼レフのファインダーを覗く。
静かに勢いを増す雪の中、隣から彼女がシャッターを切る音だけが聞こえてきた。 (了)
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