序章 春色の田んぼで出会う

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 田んぼが桃色に染まっている。  農道を挟んだあっちの田んぼもこっちの田んぼも、桃色、桃色、桃色だ。  げんなりする。  俺、田園豊作(でんえんほうさく)は、高校への通学路を自転車を漕ぎながら進んでいた。鹿児島県伊佐市大口(かごしまけんいさしおおくち)。  鹿児島県の北海道などと呼ばれるほど、冬は極寒の俺が住むこの町は、周囲を山に囲まれた盆地だ。  そして、見渡す限りは一面田んぼだ。  むしろ、田んぼ以外を探す方が難しいのではないかと思うほどに、田んぼしかない。その田んぼは春よろしく、レンゲの花が咲き誇り、その姿を桃色に染めていた。  レンゲの花が咲いたということは、今年もまた米作りがはじまるということだ。  げんなりする。 「ま、俺には関係ないけど」  つぶやきながら、ひたすら田んぼの道を漕いで、漕いで、漕いでいたら、レンゲの花の中に妙な物を発見した。 「ん?」  自転車のブレーキを引いて止める。  レンゲ畑によくよく目をこらすと、妙な物は本当に妙な物だった。なんていうか、白い二本の細長い物が、田んぼから生えて―――。 「えっ?」  田んぼから生えた白い二本の細長い物が何なのか、理解した瞬間、背筋が凍った。 「犬神家かよ」  犬神家の一族よろしく、池からではなく、田んぼから二本の足が生えていた。 「いやいやいやいや、ちょっと待って。なんでうちの田んぼから足が生えてんの。もしかして、殺人事件?」  こんな何の変哲もないのどかな田舎で殺人事件が起こるなんて、ありえない。いや、あるかもしれないけど、でも、なんでうちの田んぼなんだ。  俺は自転車をその場に止めると、近づいてみることにした。  もしかしたら、ただのイタズラなのかもしれない。やけに白くて細い小さな足だし、人形の可能性もある。この時期にかかしなんてあるはずがないけど、新手のかかしって可能性も否めない。  おそるおそると近づくと、それはやはり二本の足だった。
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