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「……なんで、お前が泣くんだよ」
「だって、悔しい」
「悔しいって。いや、俺がもっと、じいちゃん相手に言葉を選べばよかっただけどの話なんだけどな。うまく、立ち回れなかった俺にも、やっぱり非があって……」
晴はぶんぶんと首を横に振った。
ええと、そうじゃ、ないのか。
「晴。その、ありがと。信じて、くれて。俺のせいじゃないって、言ってくれて。おかげでなんか、胸が少しスッとした」
晴はゆっくりと顔をあげた。
その唇の端が持ち上がった。
「よかった」
見慣れたはずの笑顔なのに、あまりにも優しくて、きれいで、一瞬どきりとした。
晴は俺の両手から手を離すと、へへっと少し笑って、歩き出した。俺は落とした懐中電灯を拾って追いかける。俺が隣に並ぶと、晴は口を開いた。
「でもね、どんな理由があるのかは分からないままだけど、豊作がまた田んぼを手伝うって言い出してくれたこと、私はうれしかったりしたんだ」
「へぇ、なんで?」
「うーん、なんでかな。私達って、ずっと田んぼのそばで育ってきたじゃない。そして、当たり前のように田んぼの手伝いをするようになった。それが、中学のあの日を境に変わってしまった。豊作が田んぼに姿を現すことはなくなって、それが、不自然に感じてたのかも」
「それは……、なんつーか、申し訳なかったというか」
「あっ、謝ってほしいわけじゃないの。ぜんぜん。そういうつもりで言ってないから。それに、豊作が一つの決断をしたことで、私も考えるきっかけになったから」
「考えるきっかけ?」
「うん。……実は、ずっと考えてて、三者面談があった時も、どうしようって思ってたんだけど、やっぱりまだ、親に言い出せなくて。私ね、このまま実家を継いで稲作農業をするつもりは、ないんだ」
「そうなのか? 俺はてっきり、晴はこのまま実家を継ぐつもりなんだろうって思ってたけど」
「ううん。迷ってはいたけど、でも、私、動物が好きだから、本当はそっち関係の仕事がやりたくて……。だから、獣医師の資格を取るために大学に進学しようと思ってるの」
「へぇ」
いつも文句一つ言わず家業を手伝っていた晴が、将来をそんな風に考えていたなんて思いもしなかった。
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