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「びっくりした?」
「そりゃあ、びっくりするよ。おじさんとおばさんも驚くだろうな」
「それは、そう、だよね。がっかり、しちゃうよね。お父さんもお母さんも、おじいちゃんもおばあちゃんも。跡継ぎは私一人だけだし、私が農業を勉強して、一緒に農業やってくれるお婿さんが来てくれたら万々歳みたいなことを、楽しそうに話してるし」
「は? そんな話してんのか。結婚の話題とかいくなんでも早すぎだし、期待しすぎだろ」
晴の華奢な肩にそんなものがのしかかっていたなんて、思いもしなかった。
「重いよなぁ、そういうの。晴の未来は晴のもんなのにな」
期待に応えてしまえる。晴がそういう人だから、親は自分の希望を押し付けてることにも気づかないのだろう。
「がっかりさせてもいいんじゃないか」
なんだか胸の辺りがムカムカしてきた。
「晴はこれまでずっと家業を手伝ってきたんだ。進路くらい好きに選んだっていいだろ。いや、いいに決まってる。というか、せっかくなりたいものが明確にあるのに、ここで諦めたら一生後悔するぞ。晴がどうしても親に言えないっていうなら、俺が言ってやるよ。どうせ今から晴ん家行くんだし、そこでガツンと……」
「へ? あ、えと、豊作、待って待って。大丈夫だよ」
ゆるい上り坂の先には、うちと似た作りの日本家屋がある。晴の家はもうすぐそこだった。
晴はストップストップと言わんばかりに、両手を振った。
「私、ちゃんと、自分で言うから」
晴は自分の胸をぽんと叩いた。
「大丈夫。私、豊作に勇気もらったから、言えるよ」
「勇気?」
「うん。言いたいことはちゃんと言う。自分の意思はちゃんと伝える。そうしなきゃ、誰にも分かってもらえない。豊作みたいに、私もすがすがしく生きたいんだ」
「すがすがしく」
「うん。それに、私の話を聞いてくれて、分かってくれる人が……、豊作がいるから大丈夫。ありがとう。ここまででいいよ。おやすみ」
晴はそれだけ言うと、ひらひらと手を振って坂道を駆けてゆく。やがてその背中は庭に植えてある木々の向こうへと消えていった。
「ただいまー」と、晴の元気な声がする。俺はそこまで見守ってから、踵を返した。
周囲は相変わらずいろんな生き物の鳴き声がする。
空には星がいくつも瞬き、懐中電灯がいらないくらい明るかった。
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