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第五話 黒い稲穂
十月を前にして、みんなで協力して作ったかかしは五十体にも及んだ。
うちの田んぼにこんなにかかしが立っていたことなど、いまだかつてない。
ばあちゃんは母と病院に行き、田んぼの写真をじいちゃんに見せていろいろ話しているらしい。かかしの他に雀除け用の銀色のテープで四方を囲み、黄金色に染まった稲穂の守りは完璧だった。
だが、異変は突然現れた。
収穫も間近に迫った週末、俺とたのんは黄金色のはずの稲穂が黒く萎れていることに気づいたのだ。
「なんだこれ」
田んぼの一部だけが煤を塗ったように黒くなっているのかと思ったら、そうではなかった。
あちこちの稲穂が同じように黒ずんで枯れている。
田んぼに降りて膨らんでいた穂を割ると、中からは米とは似ても似つかない、どろりとした黒い汁が出てきた。
「お米が……」
言葉を失っている俺の隣でたのんがつぶやく。幼い横顔は微妙に歪んでいた。俺と同じようにショックを受けているらしかった。
「やばいな」
原因はよく分からないが、とにかくやばいことになっていることだけは分かった。
「たのん、ちょっとばあちゃんに知らせてくる。すぐ戻ってくるからここで待ってろ」
「ほーさく」
「うん?」
駆け出そうとして振り返ると、たのんはなにか言いたげな顔をしている。
「どうした?」
「あ、ううん。なんでんなか。ここで待っちょうけ、行ってきて」
「うん? じゃあ、行ってくるな」
ばあちゃんに知らせると、母も実も一緒についてきた。さらに、晴と晴のおじさんにも見てもらうことになった。
晴のおじさんは黒く枯れた稲穂を手にして顔をしかめた。
「うーん、イモチ病とも違うし、カメムシの仕業とも違う。稲こうじ病に似ているけど、こんな風に稲全体が黒く枯れるなんてことにはならないし……」
「じゃあがぁ」と、ばあちゃんも難しい顔をしておじさんの意見に同意した。
「長年稲作をやっちょうけど、こんなことははじめてじゃ」
「ですよね。とにかく、なんの病気か分からないけど、これ以上被害を拡大させないためにも、黒い稲は刈ってしまった方がいいね。それから急いで、生きている稲を収穫してしまおう」
おじさんの提案に乗っかって、俺達は手分けしてできるかぎり黒くなった稲を刈り取った。
それは日が沈むまで続き、生きている米の収穫は急遽明日行うことになった。
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