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しかし、翌朝の天気は雨だった。
雨が降ると濡れた米がコンバインに詰まってしまうため、稲刈りは晴れの日にしか行えない。
しとしとと降る雨を恨めしく思いながら傘をさし、俺は田んぼへと出かけた。たのんもくっついてきた。
そして、愕然とした。
健康な稲穂をむしばむように存在する不気味な黒い影はさらに広がっていて、今や田んぼの半分が黒く染まっていたのだ。
「どうなってんだよ、これ……」
冷たい風が重く垂れた稲穂を揺らす。
雨に濡れて黒光りした稲穂が、隣にある黄金色の稲穂に触れた瞬間だった。
まるで生気を吸い取られるようにして、黄金色だった稲穂が黒く染まり枯れてしまった。風に揺られて隣同士がくっつくと同じ現象が起こる。
何かの病原体が移ったにしても、黒く枯れてしまうスピードが早すぎる。
「くそっ」
なにが起こっているのか分からなかった。
俺は傘を投げ出すと、田んぼに降りて黒い稲を手当たり次第に引きちぎった。
このまま放っておけば、隣合った稲は全部ダメになってしまう。
風に稲穂がなびくたびに、黒い染みは広がっていくのだ。
「風、やめよっ」
叫んだ空までも黒々としていた。
ちぎっては捨て、ちぎっては捨て、ちぎっては捨てても、俺一人じゃ間に合わない。それでも、誰かを呼びに行っている暇はなかった。
なんでこんなに必死になっているのか自分でも分からない。
田んぼなんかどうだってよかったはずなのに。成り行きで手伝うことになっただけなのに。
目の前でダメになっていく稲穂を見ていられなかった。
「ほーさく。ほーさく、ほーさく」
どれくらいの時間が経っただろう。たのんが俺の腕を引っ張った。
雨は本降りになっていて、たのんはぐっしょりと濡れていた。
「もう、よ……」
白く長い髪はぺったりと肌に張り付いている。肌が白すぎてむしろ青かった。いつもはさくらんぼのように艶のある唇も、紫色に染まっている。
「え?」
雨音が強すぎて、そのか細い声はうまく聞き取れなかった。
「ほーさく、もう、よかが」
たのんは今度ははっきりと、そう言った。
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