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もう、よかが? もう、いい? もういいって、なにが……。
「もうよかが。こん米はもうだめじゃ。ぜんぶ、ぜんぶ、枯れてしまう」
たのんは言うと、黄金色の瞳を伏せた。
これまで見たことのない、諦めるような声音と表情だった。
「……は?」
たのんがなにを言い出したのか、理解するまで時間がかかった。
ざあざあと雨は容赦なく降り続けて、田んぼを濡らしていく。
俺が手を止めている間にも、稲穂は黒く染まっていく。
「なんで」
俺は口を開いた。
「なんで、お前がそんなこと言うんだよ。ここまで順調に育ててきたのに、なんでそう簡単にだめだって決めつける。もういいなんて、諦められるんだよ。これまで俺が、田んぼのためにどれほどの労力をつぎ込んできたか、分かってるだろ。すぐそばで見てたくせして、よくそんなこと言えるな」
「そいは、そうだけど」
たのんは負けじと言い返してきた。
「ほーさくは、すごくすごく、がんばってくれたけど、そいでも、だめなもんはだめじゃ。どうすることもできん。こうなってしもたらもう、おしまいじゃっち、諦めるしかなか」
「なんだよ、それ。俺の努力全部水の泡かよ。たのんが、うまい米が作りたい、力を貸せって言うから、手伝ってやったのに。こんなことになるなら、最初から田んぼなんかやらなきゃよかった」
「そげんこと言わんで。ほーさくが田んぼを手伝ってくれたことは、うれしかったよ。ありがとうの気持ちでいっぱいじゃ」
「全部ダメになっといて? そんなんで喜べるのか? ありがたがられたって迷惑なだけだ。っていうか、たのん、お前田んぼの神様なんだろ。だったら神様らしく、うちの田んぼを助けろよ。お前の願いを聞いてやったんだから、俺の願いだって聞いてくれよ」
「そいは……できん」
「は? できないのか? 神様なのに? じゃ、なんのためにいるんだよ。そんなことなら、田んぼの神様なんてやめちまえ!」
たのんの瞳が大きく揺らぐ。その瞳からこぼれ落ちた透明な雫が、雨と混ざって頬を伝い落ちた。
「ないを一人で騒いじょっとか」
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