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しゃがれた低い声がした。
背後から聞こえた声に驚いて振り返ると、土手の上に松葉杖をついたじいちゃんが立っていた。その隣でばあちゃんが傘をさしている。母も一緒だ。母の軽自動車でここまで来たらしい。
「……じいちゃん? どうして、病院にいたんじゃ」
「田んぼが黒くなったっち話をばあさんから聞いてな、外出許可をもらってきたんよ」
じいちゃんのあとを母が引き継いで話した。
「田んぼがおかしくなったことをじいちゃんにも知らせなきゃって思って、今朝ばあちゃんと病院に行ったのよ。そしたら、見に行くって聞かなくて。まあ、体調もだいぶ落ち着いてきたし、大丈夫だろうってことで、お医者さんに許可をもらってきたの。そしたら、この大雨の中、あんたが一人でいるじゃない。だから……、ね」
母は俺の周囲に目をやった。
一人ではないのかもしれないと思ったのだろう。母には見えないが、ここには俺とたのんがいる。
「たのかんさぁが、おっとか」
質問したのはじいちゃんだった。
母かばあちゃんから話を聞いたのか、じいちゃんは疑いもせずに険しい目を細めて視線をさ迷わせる。俺はその視線を追うように、俺の斜め後ろに目をやった。
「たのん?」
そこにいいたはずのたのんの姿は消えていた。
「たのかんさぁは、さぞかしお怒りのこっだろう」
「え? たのんが、怒ってるって、どういう……」
「田んぼがこげん風になってしもたのは、おいに原因がある」
「じいちゃんに、原因が?」
ばあちゃんが口を開いた。
「ひとまず家に帰らんね。豊作も、そげん濡れて風邪をひくが」
たのんはどこに行ってしまったのだろう。
でも、以前も姿を見なくなったと思ったら、突然現れたことがある。
だから俺は気にも留めずに、母の軽自動車に乗り込んだ。
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