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彼が私を抱きかかえるようにその場に寝かせた。抵抗したくても力が入らない。
「何をするつもり?」
すると、彼は私の頭に触れた。そして、ゆっくりと撫で始める。見知らぬ人に触れられ、一瞬警戒した。しかし、手櫛で髪を解かしていく感覚に、徐々に緊張が緩んでいった。彼の鼓動と肌の温もりが妙に心地いい。
「今から、君の『苦しみ』を食べてあげる」
そう言って右手を私のおなかの前にかざす。すると、ブラウスの中央から穴が空いていき、手が入りそうな大きさの空間が生まれた。驚きで声を漏らすと、落ち着かせるようにまた頭を撫でる。
「大丈夫。痛くはないから」
彼はその小さなブラックホールに手を入れた。痛みはないが、自分の腹に手を突っ込まれる光景に不気味さがある。彼は少し手で探ったあと、その穴から手を抜いた。それと同時に私の身体は軽くなった。疲れやだるさが少し和らいだ気がする。
彼の手元を見ると、そこには黒っぽい固形物があった。溶けつつあるのか、その液体が彼の手にまとわりつく。
「いただきます」
ぼそっと呟くと、彼は私のおなかから出した黒い物体を口に入れる。
「な、何をしてるんですか」
「何って、君の『苦しみ』を食べてるんだって」
彼は赤ん坊を寝かしつけるように空いた左手で私の背中辺りをトントンする。驚きも忘れ、またぼんやりとし始めた。瞼が重くなる中、彼は『苦しみ』を食べ続ける。
薄い唇が開かれ、白い歯が僅かに覗いた。掴んだ黒い物体を口に含み、頬張っていく。表情は変わらないが、それが無我夢中で食べているように見えた。咀嚼したあと、ゆっくりと飲み込んでいく。動く喉仏に、自分も唾を飲み込んだ。若い男性に自分が労ってもらっている。これは現実なんだろうか。
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