3

1/1
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ

3

 建物を出て、駅へ向かって歩いていく。外はすでに真っ暗で、サラリーマンも帰宅というより居酒屋に入っていく人たちが多い。私には内緒で上司もこんなことしているのかな。  無性に腹が立って、歯ぎしりしながら改札を抜けていく。なんで、みんなばっかり楽をしているんだ。もっと、休みを、給料をくれ。頭の中で怒鳴り散らすが、ふと部長の言葉がよぎる。 「最近の若者は対価ばかり欲しがる。何も成果を出してないのに、対価が出るわけないだろ」  若い頃の武勇伝を言い終えたあとによく言う台詞だ。部長はそれでいけたかもしれないけど、私がそれでいけるわけじゃない。散々言い訳するが、頭には責任と成果という言葉がこびりついて離れない。私は成果を出しているのだろうか。  電車のホームへ向かうため、階段を一歩一歩降りていく。思い返しても何か成し遂げたことはなかった。不満をどれだけ持っても、結局はそのことを思い出して何も言えなくなる。一歩ずつ踏み出していくと、それが重荷として背中にのし掛かった。  何もできていない私が悪いのかな。かといってどうしたらいいかも分からない。こんな日がこれからも続くのかな……。  突然、階段を下るスピードが速くなる、というか階段を踏み外し、正面から落ちていた。鞄の持ち手を握っていたせいか、手が出せない。一瞬の出来事のはずなのに、妙に鮮明だった。このままだと、階段の角に頭からぶつかる。  突発的に目を瞑ったそのとき、全身が階段とは別のものにぶつかり、小さいものが階段を滑り落ちる音がした。痛みはなく、僅かに温もりを感じる。まさか……。  目を開けると、案の定男の人が落ちないように正面から支えていた。階段の下の方には、踏み外したときに飛んだヒールや鞄が落ちている。 「なんとか間に合った」
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!