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うどん屋を出て楊枝をくわえながら通りを歩く六兵衛と熊五郎。
「しかしまあ、お前さんそんなに食い物に詳しいんなら、店でも出したらどうだい」
「いやあ、釘は打っても蕎麦は打たねえ。おいらは食い専門だ」
「なんかその才能を商売にできないもんかね」
「食い物屋に詳しいだけで商売になるわけがねえだろ」
「本でも出したらどうだ。『六兵衛の食べ歩き指南書』とかどうだい」
「ずいぶんエラそうな題目だな」
「短くして『六食べ』にしてみるか」
「何の本だかわからねえよ」
「じゃ『食べ六』」
「逆さにしたって同じだろ」
心地よい秋の風に吹かれながら冗談のような会話を楽しむ六兵衛であったが、熊五郎は彼が未来の成功者になる気がしてならなかった。
「よく飯屋を案内してやってるじゃねえか。あれで手間賃でももらえば」
「日の稼ぎがいくらになるんだよ。それこそこっちが食えなくなっちまう」
「う~ん、人を雇って手広くやれば・・・」
「タダで雇えるわけじゃねえだろ。その金はどうするんだ」
ふたりは立ち止まって空を見上げた。秋のうろこ雲が遠くまで続いている。
「雲の上から天狗でも下りてきて、この金どうぞってめぐんでくんねえかな」
「そんなムシのいい話あるわけねえよなあ」
「あ、あちらにおられます」
遠くの方で六兵衛たちを指さす女。そのとなりには立派な身なりの役人とその他数名がやはりこちらを見ている。
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