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一.
「うんめぇな~~~!」
「だろう?」
六兵衛は向かいの席でうどんに夢中になっている熊五郎をながめて目を細めた。
「うどんなんざどこで食っても同じと思ってたが、近くにこんなうまいのを食わすところがあったとはねぇ」
「腹をふくらすだけならどこでも構やしねえが、同じ銭払うんなら そりゃうめえ方がいいに決まってら」
「そうだな。お前さんに教えてもらってよかったよ」
「おうよ、何だって聞いてくれ。
江戸にいりゃあ そばにうどんに寿司てんぷら、甘えもんだって勘定にいれりゃ選び放題だ。
どれにしようか迷ってる間に日が暮れちまうからな」
得意げに熱弁をふるう六兵衛に近づいてきたのはうどん屋の主人だ。
「おう、六さん。いつも助かるよ」
他の客に見えないようにさりげなく漬物を一品置いていった。客を連れてきてくれた六兵衛へのサービスである。
「日本橋で飯を食うなら六兵衛に聞け」
店という店、屋台という屋台を食い歩き、天秤棒を担いだ物売りまで呼び止めて味を確かめる。歩く食のデータベース、それが六兵衛だ。
ただの食道楽が高じて、いつの頃からか道行く人に呼び止められては飯屋の案内を求められるようになっていた。
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