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10years after
「桜木さん…?」
少し低いけれど優しく響くその声に、シャンパンを片手に持ったまま私は振り返った。
「えっと…?」
最初に青いネクタイが目に入り、ゆっくり確かめるように顔を上げたが、ぎこちなく笑うその彼の顔と190センチはありそうな身長にはまったく見覚えがない。
困った。
どうしよう。
彼は私の旧姓をしっかり呼んでいるというのに…私には彼の名前どころか、懐かしいという気持ちさえ出てこない。
本当に誰なんだろう??
「ちょっとだけいいかな?」
完璧に自分のことを忘れているとわかっただろうに、彼の目は柔らかく細められ、少し照れたような声にはまったくと言っていいほど呆れも怒りも感じない。
私は彼に返事をする前の短い時間で、彼越しにざわめく会場内を見回してみる。そこまで広くはないけれど、人はわりと多く入っている。店先には「…中学校同窓会」と書かれた黒板が飾られ、入り口には受付もしっかりと設置されているが、そこまで厳しく見てはいないだろう。部外者が入って来られるような雰囲気はないけれど、完璧に防げているとも思えない。
…とはいえ、こんな真っ昼間のざわめく会場でおかしなこともないだろうし、万が一、結婚詐欺師的な輩だったとしても私には引っかからない自信がある。
…そこまでを一瞬のうちに考えてから、私はシャンパンを手近なテーブルに置き、彼の顔を見上げた。
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