スプレー缶落書き

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スプレー缶落書き

 シャカシャカと、持って来たスプレー缶を振る。  勢いよく塀に吹きつけ、描き上げる俺だけのアート。  高架下の壁、さびれた商店街のシャッターなどなど、色んな所に、俺が存在している証明のようにスプレー缶で絵を描く。  人に見つかればもちろん注意されるし、下手をしたら警察に通報されたりもするだろう。  だからこちらも周囲には気をつけているけれど、この趣味はやめられない。やめるなんて考えられない。  ずっとそう思っていたけれど、さすがに『もう無理だ』と思う状況に遭遇した。  昼間の内に下調べをして、夜が更けてから落書きポイントへ向かう。  今日の落書きは雑居ビルの屋上にある給水タンクだ。  持ち込んだスプレーを振り、勢いよく壁に吹きつける。と、何故か壁一部分だけ塗料が立体的に付着した。  不自然さに首を捻っていたら、その部分が急速に俺に迫ってきた。  寸でのところで迫りくる何かを避け、横へ飛びのいたが、俺が撒き散らした塗料は何もない空間に浮いたまま、また俺目がけて迫ってくる。  見えないけれど何かがいる。そしてそいつは、俺にスプレーを吹きつけられたことで怒っている。  それを確信し、俺は慌ててその場を逃げ出した。  幸いにも上手く逃げ切ることができて、その夜は無事に家へ辿り着けたが、翌日から、俺は何かを探すように彷徨っている、空中に浮かぶスプレー塗料を見かけるようになったのだ。  割と近くにいても襲ってこないから、どうやらその何かには、俺があの夜スプレーを吹きかけた相手だということは認識できていないらしい。でも確実に、スプレー落書きを再開したら、あれが俺だということはバレるだろう。  こういう理由で、俺はスプレー缶落書きから足を洗った。それでもいまだに、たまにだが、うろうろと往来を彷徨うスプレー塗料の付着した何かを見かけることがある。  あれを見るたび、時折疼く落書き魂は沈静化し、俺はあの日以降スプレー缶を手にはしていない。  でもその方が、町の美観的にはいいことなんだろうな。 スプレー缶落書き…完
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