あなたの人生を一冊の本にします

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「いらっしゃいませ。ようこそおいでくださいました……お疲れでしょう? まずはそちらのソファにおかけになって、そのままお待ちください」  ガラガラと大きな音をたてる割にスムーズに滑る引き戸を開けると、黒い、礼服のようなスーツを着た中年の女性が出迎えてくれた。まるで私が入ってくるのが分かっていたかのような、間髪入れないタイミングだったけど……きっと曇りガラス越しに私の姿が見えていたからだろう。 「あ、あのすみません。私は――」 「ええ、ええ。みなまでおっしゃらなくとも分かっております! さあさ、まずはどうぞお座りになってお待ちください」 「え? ああ、はい……」  「客じゃなくて、道に迷っただけなんです」と告げようとするも、やけに強い店員の「圧」に負けて言い出せず、大人しく座ってしまう。……私、なにやってるんだろう?  そう言えば、お酒のことを抜きにしてもやたらと体が重いし頭もぼうっとする。秋の夜風のせいで、風邪でもひいてしまったのだろうか? ちょうどいい、少し休ませてもらおう。そう割り切り、ソファに深く体を沈み込ませる。  ――そのまま、店内の様子をそっと窺う。外観から感じたより中は広かったけど、古めかしさの方は外観通りだ。  入口側は広い土間になっていて、そこはコンクリートだか三和土(たたき)だかで覆われていた。私が腰掛けているものも含めて、ソファが三つ土間の上に並べてある。  店の奥の方は一段上がった畳敷きの広いスペース。座布団が何枚か並べられ、今は客らしき年配の男性二人が、こちらに背を向けてその上に座っていた。一人はやけに痩せ細っていて、きちんと正座している。もう一人はその二倍くらいの太い体の持ち主で、だらしなく足を伸ばしていた。  そしてその更に奥。床の間のようなスペースに、「それ」はあった。
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