0人が本棚に入れています
本棚に追加
――それは一冊の本だった。
遠目にも分かる質素な、飾り気のない文庫本だ。流石に遠すぎてタイトルまでは分からない。
「どうぞ、お取りください」
店員に促されて、斎藤さんが足元の本を手に取り、静かにめくり始める。
静かな店内に、パラパラと斉藤さんが本をめくる音だけが響く。そして――。
「なるほど、短歌ですか。これは、私の人生の様々な場面を、短歌にしたものですね。……思えば、私の人生は常に短歌と共にありました。妻へのプロポーズにも短歌をしたためたものですが……。ああ、すっかり忘れていました。
結構なものを……ありがとうございます」
穏やかな、深い納得を感じさせる声で、斎藤さんが店員にお礼を言った。そしてこちらに振り向くと、太っちょの男性と私に向かって「では、お先に」と一礼し、店の奥の方へと姿を消す。
はて、帰るのに何で店の奥に……?
最初のコメントを投稿しよう!