あなたの人生を一冊の本にします

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「――お待たせいたしました。三井様、三井千尋様。装置の前までいらしてください」  そして遂に私の番がやってきた。……って、あれ? 私、店員に名前を教えたっけ? ふとそんな疑問が浮かんだけれども―― 「ささ、どうぞ」 店員の「圧」に押されてしまい、私は何も聞けぬまま靴を脱いで畳の間へと上がり、装置の前に立った。  それを見届けた店員は、何やら満足げに頷きハンドルを回し始める。  ――ガションガタンゴトン、ゴゴゴゴ、ガガ、ギコン。  三度目となる例の音が店内に響く。果たして、私の人生はどんな本になるのか……? 期待とも不安ともつかぬ想いを抱きながら、私は本が出てくるのを待った。しかし――。  ――バサバサバサバサ!  先程までとは異なる音が響き、四角い穴から大量の何かが飛び出してきた。  よく見ればそれは、「紙」だった。しかも白紙の。A4位の大きさの白紙が、次々と飛び出してきたのだ。……装置が故障でもしたのかな? 「これは……ああ、なるほど。三井様、どうやら『事情』が変わったようです」 「事情が変わった? ええと、どういうことですか?」  訳が分からず尋ねる私に、店員はしかし、何も答えずそっと出入り口の方を指さした。 「夜が明けたようです。お早く、お帰りになられた方が良いでしょう」  見れば、曇りガラスの向こう側には既にまばゆい光が差していた。いつの間にか夜が明けていた……? いやいやまさか、私がこの店に入ってから、まだそんなに時間は経ってないはずだけど。  狐につままれたような気持ちを抱きながらも、再び店員の「圧」に負けた私はスゴスゴと出入り口の方へと向かう。訳が分からない。頭がぼうっとする。体がなんだか、熱い。  ――ああそうだ。早くこの店を出ないと。早く家に帰らないと。  突如として湧いた、そんな使命感とも焦燥感ともつかぬ感情に突き動かされるように、引き戸に手をかけ一気に開く。途端、まばゆいばかりの光に視界が真っ白になり―― 「またのご来店をお待ちしております。どうか、良き本となる人生を――」 最後に、店員のそんな声が聞こえた気がした。
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