ルッツェルン

1/1
前へ
/58ページ
次へ

ルッツェルン

「カペル橋その美しきに目もやらで眉根ひそめて渡るヤーポンのあり」 ※もちろん私です。観光名所どころじゃない。住み込みのバイトがなかなか見つからず、あせっていました。人種差別にも閉口していて、眉をしかめた、その嫌な私の顔と云ったら… 「おおマダム、ヨーヨーとばかり鷹揚にわれを雇ひぬなんと拝まむ」 ※月給800スイス・フラン(当時のレートで9万円位)、住み込み二食付きの、夢のような条件で雇ってくれたマダム。ヨーとはドイツ語のヤーの、目下に対する云い様です。金髪の5、60才くらいの女社長。女神のように見えました。 「往年のスイス美人か賄ひ婦生(あ)れて八十年(やそとせ)国ゆ出でざるとぞ」  ※「ゆ」=「から」 ※7、80才くらいのキッチンの下働きのお婆さん、過去一度も国から出たことがないそうです。この小さなスイスから…信じられませんでした。 名をばリーザ「ズィー(あなた)」と呼べばさも応じ「トゥー(おまえさん)」と呼べば頬ふくらましき 「我(わ)を呼ぶにヤーポンが常にして数多鼻かめど憎めず愛らしき」 「調理場は常に前掛けシンデレラたまのドレスアップに驚かされぬる」 「わが視線受けて顔をば赤らめぬ海外旅行とぞ可愛きリーザ」 ※初の海外旅行先は隣国オーストリアとか。行ってらっしゃい、リーザ。楽しんでらっしゃい。 「ノックありドアを開ければ人の腹見あげていけば笑みしガリバー」 ※あとから入ってきた住み込みのバイト同僚。身長192CМのオランダ人青年。19才だった。ガリバーと云うよりはサムソンか。 「サムソンは誰彼かまはず嘲笑(わら)ふなりされど憎めず皆に好かれき」 「誰か知るホテル・キュッフェはリング上(へ)とヤンとシェフつと殴りあひぬ」  ※「つと」=「突然」 ※「ボクシングをやっていた」「ほんとうか?」などとつまらぬことで殴り合い。手加減されたがシェフはすぐに叩きのめされた(ボクシングをやっていたのはヤンの方。フォアマン級?)。 「ボーイとぞ我を呼ばふは堪へかね睨み合ひしがマリア止めくれぬ」 ※25才の年上の私をヤンが「ボーイ」とからかう。思わず睨み合ってしまった。サブシェフのオーストリアの女性コック、マリアが間に入ってくれたからよかったが、もしそうでなかったら…容易に想像つく。
/58ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加