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すごく月の綺麗な夜だった。
そのビルはとてもとても高いビルで。
だからきっと月までの距離も短いんだろう。
手を伸ばせばすぐに触れそうな満月。
私はその月を手にしようとして。
屋上の柵を乗り越え、途切れるコンクリートのへりまで足を進める。
悪いのはきっと私で。
集団の中で気配を消せれば、きっと何も問題はなかった。
みんなで繋がって、でも個性を声高に主張するSNS。
同級生はその薄い板の中にある世界に夢中だったけど。
そういう虚飾すべてに背を向けて。
結果私は、ひとりぼっちになってしまった。
お母さんにそっくりな綺麗なこの顔。
行く先々で声をかけられる。もてはやされる。
私は入れ物だけで判断されて。
それで余計に孤立する。
男の人にしなだれかかって生きているお母さん。
私のことなど、着せ替え人形程度にしか思っていないに違いない。
――だから私は死ぬのだ。
怖くないと言えば嘘になる。だって、今までの十六年の人生で死んだことなんてないんだから。
初めてのことは何でも怖い。慣れてないから。でも大概のことは。
やってみればなんてことない。しつこく私につきまとっていたあの大学生。
「カノンちゃんはもう、俺のものだね」
生まれて初めてのセックス。馬鹿みたいなあの行為。一人で勝手に盛り上がって、私を手に入れたつもりになっているけれど。
私は誰のものでもない。裸になって交わっただけで、分かり合えるとでも思っているんだろうか。
分かる訳がない。今こうして私は死のうとしているのに。
あの男はそれを知らない。教えてなんかやるもんか。
もうあと三歩。
踏み出せば、あの月に私の手は届く。
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