第1話

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 すごく月の綺麗な夜だった。  そのビルはとてもとても高いビルで。  だからきっと月までの距離も短いんだろう。  手を伸ばせばすぐに触れそうな満月。  私はその月を手にしようとして。  屋上の柵を乗り越え、途切れるコンクリートのへりまで足を進める。  悪いのはきっと私で。  集団の中で気配を消せれば、きっと何も問題はなかった。  みんなで繋がって、でも個性を声高に主張するSNS。  同級生はその薄い板の中にある世界に夢中だったけど。  そういう虚飾すべてに背を向けて。  結果私は、ひとりぼっちになってしまった。  お母さんにそっくりな綺麗なこの顔。  行く先々で声をかけられる。もてはやされる。  私は入れ物だけで判断されて。  それで余計に孤立する。  男の人にしなだれかかって生きているお母さん。  私のことなど、着せ替え人形程度にしか思っていないに違いない。  ――だから私は死ぬのだ。  怖くないと言えば嘘になる。だって、今までの十六年の人生で死んだことなんてないんだから。  初めてのことは何でも怖い。慣れてないから。でも大概のことは。  やってみればなんてことない。しつこく私につきまとっていたあの大学生。 「カノンちゃんはもう、俺のものだね」  生まれて初めてのセックス。馬鹿みたいなあの行為。一人で勝手に盛り上がって、私を手に入れたつもりになっているけれど。  私は誰のものでもない。裸になって交わっただけで、分かり合えるとでも思っているんだろうか。  分かる訳がない。今こうして私は死のうとしているのに。  あの男はそれを知らない。教えてなんかやるもんか。  もうあと三歩。  踏み出せば、あの月に私の手は届く。
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