第3話

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「そうです。女らしくなんてしたくない。入れ物しか見ないような人に、私をあげたりなんかしない……」  マスターが私の前にコースターを置く。その上に大きなマグカップ。甘い香りのココア。口をつけると、ブランデーの風味が広がる。  私は不意にあの人とのセックスを思い出す。何かが変わると思ったのに。  あの人は私の見た目を褒めるだけで、手に入れた充足感に浸るだけで、何も変えてはくれなかった。  あんなに勇気を出したのに――。 「カノンちゃん、泣いてるの?」  マスターが言う。ここぞとばかりにシロが口を出す。 「屋上でもいっぱい泣いてたんだよ。可哀想だなって思ってさ。だから遅くなったんだ。ね? 俺、そんなに悪くない……」 「黙れシロ。ハウス」  シロはバツが悪そうな顔になり、口をつぐむ。マスターは心配そうな口調になり、私の顔をのぞき込んだ。 「もう二時が近いよ。そろそろ帰らなきゃ。家には帰れる? 親御さんはいるのかな。良かったら、シロに送らせるけど……」 「え? 俺? 嫌だよ、また帰りが遅いとか怒られるんだ。孔亮(こうりょう)が行ってよ。店閉めとくからさ」 「紘子(ひろこ)が今から来るんだよ。シロがふたりっきりで紘子の相手を出来るんなら、俺がカノンちゃんを送るけど。いいのか? 『紘子とふたりっきり』」 「むむむ、むり。どーせまた紘ねえべろんべろんに酔っ払ってるんでしょ。いやだよ俺、こないだもケツ触られたんだ……」 「だろ。もうすぐ来るぞ。ほら、とっとと行け」  孔亮、と呼ばれたマスターが、カウンターの中でシロのお尻を蹴る。よたよたとカウンターから出て来る、シロ。 「分かったよう……。じゃカノンちゃん、帰ろ? 孔亮、タクシー使っていい?」 「当然だ。終電なんか終わってる。彼女を歩かせる気か?」  シロは私の手をとると、立つように促した。仕方なく、私はスツールを降りる。 「あの、ありがとうございました。お代、払います。おいくらですか?」  私の申し出に、マスターは笑った。
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