第5話

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第5話

 下らない一日を終えてまた校門前に戻ると、そこには見慣れた車が停まっていた。赤い外車。見るからに馬鹿が乗りそうなその車の運転席から、あの男が声をかけてくる。 「カノンちゃん、ガッコ終わった? 俺だよ、デートしよ?」  私はその能天気な顔に嘆息する。何て嬉しそうな顔。私に会えて、自分の女に会えて、嬉しくてたまらないという表情。 「……今日は、気が乗らないので」  私はそれだけ言うと、カバンを片手に校門を出る。居並ぶ生徒が、こちらを見つめているのが分かる。外車で校門に乗りつける彼氏。センセーショナルな状況なのは分かるけど、私は見世物じゃない。教科書を、買いに行かなきゃ……。 「えっ、待ってよ待ってよカノンちゃん! 俺、色々プラン立てて来たの。カノンちゃんに喜んで欲しくてさ。ちょっとだけ、話を聞いて。ね、絶対楽しくするから!」  歩く私に並走して、その男はゆっくりと車を走らせる。後ろに渋滞が出来る。ああ、この男は本当に馬鹿……。 「申し訳ないんですが」  私は立ち止まって、その男を見る。確か、医学部に通っていると言ったその男。四回生だと言っていたはず。 「私、あなたに興味がなくなったんです。一回したからいいでしょう? もう、つきまとわないで。これ以上近寄るなら、警察に話します。私は、『未成年』よ」  衝撃を受けたような顔をするその男。確か、向井(むかい)といったかしら。  きれいな顔をしていたから……少しだけ信じてみようかと思ったのに。  私はすたすたと歩く。向井の赤い車は停まる。  後続車がクラクションを鳴らす。ああ、うるさい。本当に馬鹿な男。  苛立ちながら、私は商店街の小さな書店を目指す。
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