第2話

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第2話

その人は私の手を引いて街を歩く。繁華街。十二時をとっくに過ぎた飲み屋街は、酔っ払い達の天国。  あの屋上でひとしきりピアノ曲を聴いた後、着ていたダウンジャケットを私に羽織らせ、そしてこの人はなんと、傍らに置いてあったかつらを被った。今風のヘアスタイルのそれを被ると、天使みたいだったこの人の風貌は一気に人間じみた。カラコンを入れた、チャラい色白のおにいさん、といった具合に。 「俺、帰んなきゃ。どやされる。行くけど、君はどうする? 続きをする? やめるなら、一緒に降りるけど」  このビルは警備が手薄。お母さん達と前に花火を見に来たことがあるから、それは知っていた。  でも夜中にこんな所に忍び込むのは、結構な苦労だった。上がって、後は飛び降りるつもりだったから、何とか勇気を出して潜り込むことが出来たけど。  もう一度あの苦労をして地上に降りるのは、ごめんだった。もう飛び降りる気も失せた。この人に、連れて降りてもらおう。 「一緒に、降りて。私、死ぬ気が失せちゃったの」    地上に降りて、ビルの前でこの人は「じゃ」と言った。私はダウンジャケットを羽織ったまま、え、と思う。「じゃ」なんて簡単な言葉で、天使だったこの人は目の前からいなくなってしまうんだろうか。  踵を返して歩き出したその人に、私は慌てては声をかける。 「ま、待って。このまま、私を放っておくの? 心配じゃない? 私、死のうとしてたんだけど」  その人は止まり……振り返る。不思議そうな顔をして。 「死ぬ気、失せたんでしょ? その上着はあげるから、早くおうちに帰りなよ」 「え、いや、まあそうなんだけど……。また、そんな気になるかも知れないし。家になんて、帰りたくないし」 「おうちの人が心配してるよ。それ着てたら制服も見えないし、無事に家まで帰れるから。明日も学校でしょ? 高校生がこんな時間までふらついてちゃダメだよ」  ……至極まっとうな言い分。でも私は反論する。 「帰りたくないの。帰っても、誰もいないし。ひとりでいたらまたそんな気になるかも知れない。心配じゃない? 私、死んじゃうかも知れないよ?」
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