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ソラの上
「先生、女房はどうしていなくなっちまったんでしょうかね」
ソファに寝そべるように座る石沢というクライアントの声は、妻がいなくなって困っている男の声ではなかった。物語の中の話をするような――それこそ「『三匹の子豚』のお父さんはどこにいったんだろう」とでも尋ねるような口ぶりだ。「そんな風にぼんやりしているから、狼に食べられてしまったんだ」と答えたいところだが、残念ながらいなくなったのは奥さんの方だ。
コーヒーを淹れながら窓の外を見ると、今日はやけに空が高い。ローストした豆の香りが部屋中に広がり、空の青さに陰影を添える。本来、クライアントのリラックスのために用意するものだが、石沢が相手では、僕の方にリラックスが必要だ。
「そういえば先生、このなぞなぞ知ってます」そのままソファの中に溶けてしまいそうな姿勢の石沢――彼は、ひどく太った男だった。「空の上にあるもの、なーんだ」
「さあね、見当もつかないよ」
クイズやなぞなぞを出してくるクライアントには、正答を返すべきではない。彼らは、カウンセラーに対して優位に立つことを求めている。たとえ部分的なものであれ、それが安心感につながり、結果として自身の心の闇を語る準備になる。
「正解は?」
腰を下ろしながらコーヒーを差し出すと、石沢はソファに体を沈めたまま角砂糖を入れる。一つ、二つ、三つ――その手は一定の速度で同じ動作を繰り返す。コーヒーの表面に氷山の一角のように白い角砂糖が見えて、ようやく石沢は往復運動を止め、スプーンでかき混ぜ始めた。
「先生、ちょっとぐらい考えてよ」
不満そうな石沢は、さらに角砂糖を三つ追加して、手を止めた。砂糖壺が空になっていた。僕は愛想笑いを浮かべて、軽く頭を下げた。砂糖の追加はない。こういう時は、本題に戻るのが一番だ。
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