現実

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遠野陽介は3年前に新聞社を辞めた。 フリーになって、仕事を受けつつ、兄の事件を調べていた。 1年振りに日本に戻って、遠くからゆずるを見ようと小学校の正門の離れたとこで待ち伏せていた。 5年振りに見るゆずるは大きくなって可愛くなって、大事に育てられているとすぐに分かった。 友達と2人、笑いながら帰って行く。 幸せそうに笑うから、もっと見たくてつい、後をつける。 「柚ちゃん、じゃあ、明日ねぇ。」 「うん、バイバイ。」 「バイバイ。」 友達は真っ直ぐ、ゆずるは左の道へ行く。 右手は動いてない様だ。 ぶらん、ぶらんと振る事は出来るようだった。 (リハビリして、あんなもんなのか?) そう思っていたら、突然、ゆずるは走り出した。 狭い道に入ると猫が通る様な壁の割れ目に入った。 「えっ?こんな所?」 よじ登り見ると、左手は行き止まり、右手は右に曲がった道路だった。 「あっちに行ったのか。」 飛び降りて、日頃の運動不足を呪いながら右に進む。 ゆずるの姿は何処にもなかった。 「ストーカー。」 声がして振り返る。 そこにゆずるがいた。 「違う!」 それだけ言う。 (俺の事は憶えてない? 当たり前か。) 次の瞬間、 「何でコソコソしてるの? 声掛ければいいでしょ? 柚ちゃんとか、道を聞きたいとか、陽介叔父さん、ほんとに大人?」 「おまえ、分かってて。」 「追けられてるのは知ってた。誰か分からないから確認して降りて来た。塀をよじ登る時、顔バッチリ見えたから。知らない人なら無視して帰ってた。」 あんぐりとした。 追けられてると知ってて撒こうとした。 何処からか俺を見ていた。 そしていつの間にか後ろに回っていた。 ちょっとゾッとする。 「ゆずるは少し変わっててな。頭が良いんだ。機転が利くし覚えも早い。そのせいかなぁ?人と付き合うのは苦手だし、あまり話さない。」 兄の言葉を思い出す。 「末、恐ろしいな。」 と、陽介はかつての言葉を言う。 「まだまだでしょ?所詮、小学生だよ?右手の使えないね。で?5年振りにどうしたの? 犯人は捕まってないし、来てないよ?あと、叔父さんの記事は胡散臭い。」 「一言、余計だよ。」 と言ったが、名前も出てない記事を俺と特定したのか、と思うと、 「末恐ろしいな。」 と、もう一度心からそう言った。
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