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サイフォンは静かにコポコポと音を立て、ゆっくりと時間が流れる。
後はサイフォン任せ、という所に来ると、彼は静かに話しだした。
20年位前、この写真の人は来た事があるかと、写真を見せられた。
不思議とその時にはこの少年を自分のテリトリーの中に、いわゆる懐に入れていた気がした。
職業柄、写真を見せられて聞かれる事もある。
客が多いから覚えてはいないし、今は防犯カメラもあるからそれを見せてくれと言われる事が多いと、同業者たちも話していた。
それでもお得意様や常連さんの事は言わないし、ある程度、相手にもより警戒もする。
どう見ても子供、警察ではない。
その子供にこの30分かそこらで、私の警戒心を失くしてしまわれたのだ。
さして考えずに素直に答えた。
「良く覚えてますよ? お二人とも良いお客様で、コーヒーがお好きで。」
「このサイフォンのコーヒーも?」
「ええ。飲まれてますよ。女性の方は、ミルクに砂糖をお入れして・・男性はブラックでしたね。」
サイフォンからコーヒーをカップに注ぎ、少年の前に出す。
それを一口飲むと、彼は嬉しそうな表情を浮かべた。
可愛らしい顔で、なんともほっこりとした幸せそうな笑顔だった。
「いかがですか?」
思わず聞いた。
「美味しいです。できるなら、20年以上前に戻りたい感じです。」
「20年以上ですか?」
「ええ、この二人がこの店に通っていたころに。」
そう言い、カウンターの上に置いた写真を指でトントンと叩いた。
そして携帯を出すと、画像を見せた。
「この人来たことないですか?」
「ん・・?そうですね?20年前にはないですね?」
「12年前はどうですか?えっと・・この人と一緒に。」
もうひとつ、画像を見せられた。
12年前と限定されても、急には思い出せない。
サイフォンから入れたコーヒーの香りがふっと匂い立ち、突然12年前が思い出された。
すっかり忘れていた記憶。
「ああ! 居ましたよ? あそこの奥の席、そこに座ってました。そうそう。年末だったし、会社も休みだろうにスーツだったから思い出しました。」
「どんな感じでした?」
「顔を近づけて話されていたので、大事なお話かと、コーヒーを持って行くのも少し考えたくらいで。」
「ちょっと失礼してもいいですか?」
彼はそういうと私の手を取り、握手した。
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