712人が本棚に入れています
本棚に追加
そのまま、しばらく目をつぶられた。
何が起こっているか分からずに、挙動不審になる私に、笑いかけて、
「ごめんなさい。この手がサイフォンから美味しいコーヒーを出したかと思ったら、手を触りたくなりました。」
と、また可愛らしい笑顔で笑いかけた。
しばらくコーヒーを飲み、いつの間にかするりと音もなく、気が付けばレジにその姿があった。
帰りは何も言われずに消えてしまった。
私はしばし、握手された手を見つめた。
20年以上前の古びた写真。
あれは、恋人同士のささやかなデートだった。
お互いの会社の移動に便利な所にこの喫茶店があるのだと聞いた事があった。
もうすぐ結婚式、そんな話も女性とはしたのを思い出した。
そんな話も、してあげれば良かったのかな?と考えもした。
席を立った事も気付かなかった。
猫みたいだと、そう思った。
さすがに20年以上店長しているだけはある。
お店の記憶だけでも半端ない。
そう思ったから、あらかじめ話しをして、その記憶を思い出させてから触れることにした。
それでも、12年前の記憶のふたを開けると、頭は酷く疲れた気がした。
喫茶店を出て、近くのコンビニの前に座り込んだ。
記憶が、脳の中を行ったり来たりしている。
20年前の二人の写真を見せてから、12年前の事を聞いた。
ヒットしたから、きちんと思い出させて触った。
(それでもこれか・・・。酷いな・・・。喫茶店・・商売繁盛で何より!)
そう思い立ち上がる。
よろよろと歩いて、人のいない所を探した。
こういう時は、人がいない方がいい。
これ以上、不意に触って見たくはない。
「見た」後は、右手は異様に敏感で、少し触れただけで余計な物を見せてくれる。
ただでさえ疲れた頭に余計な情報が入る。
頭痛が増す。
あの喫茶店に両親が来ていたのは、お互いの会社から便利な場所でちょうどいい位置だったから、そしてそれは12年前の野田貴久と鈴木孝文も同じだったのだ。
12月24日、事件当日・・その後の12月31日。
そんな年末に二人はひっそりと会っていた。
事件が事件だけに、検視もあり、遺体が帰って来たのは30日。
(葬儀の後で、会ったということか?)
「ちょっとお茶でも?葬儀の後に?うけるんですけど・・・。」
細い道に座り込んでそう呟いた。
最初のコメントを投稿しよう!