凍土を食む

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凍土を食む

 すなわち緩慢に酸化していくこと以外の何物でもないのだろう、生きるという行為は。  酸化とはつまり(ゆる)やかなる燃焼。彼の内にあって刹那を生きる受動と、(まばた)きしたら死んでいたという沈静。それらは常温でも融解してしまうくらい不可分だったらしい。いまさら(しの)ばれるのは、彼がいつも口元に滲ませていた薄笑に「執着」という概念がそもそも欠落していたということ。  だから。これは流石に想定外だった。  交通事故。眼前に横たわる死者は見慣れた姿形の皮膚を纏っているのに、この有り様に至った経緯を語る気はないらしい。機器に繋がれて不自然な呼吸を暫時強いられた彼は、胸中でぎしぎしと(きし)む風船にふと嫌気がさして手放してしまったのだろう。  黒いジャケットの胸ポケットからシガーケースを取り出して、一本咥える。私の気管を往復して葬儀場の駐車場に放逐された白煙が、煙突から立ち昇る同類を懐かしんで身を寄せていく。
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