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 ――ほんの一分前、佐和子は階段を昇り、廊下を急ぎ足で教室に向かっていた。高台にある校舎の窓からは遠くに海が見えている。日本海だ。日の光を受けてきらきらとエメラルドグリーンに輝いている。窓から入る潮風が頬をなで、夏の予感を運んでいた。  あっ! と思った時には遅かった。前から来た男子に気づかず、ぶつかりそうになってよろめいた。 「うわっ! ごめん! わりぃ!」  男子が先に謝った。うちのクラスではない名前も知らない男子だ。細身で背が高く、さらさらヘアーがちょっとかっこいいかも……。いやいや、それどころじゃない。こちらこそごめんなさい。悪いのは自分の方だ。よそ見をしていた私が悪い。そう思ったが、次の瞬間、思考が停止していた。  ――焼き肉の匂いだ。佐和子の脳をあっという間に支配した魅惑の香りは、その男子から漂ってきたのだ。佐和子は謝るのも忘れてほのかに香る美味しい匂いを辿った。
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