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 焼き肉の匂いがする。  不意にどこからともなく漂ってくるこの芳ばしい匂い。誰もが一度や二度は経験したことがあるはずだ。焼肉店の前を通った時に鼻腔をくすぐるあの魔性の香り。腹が減っている者にとっては、もはやテロにも等しい美味し過ぎる匂い。そうだ。食欲をそそるこの匂いはまぎれもなく焼き肉だ!  ジュージューと音を立てて肉が焼ける光景が目の前に広がる。肉汁が炎にしたたり、煙が上がる。鼻を抜け、五感を刺激すると、たちまち口の中の唾液がじゅわっと分泌された。ああ、無性に肉が食べたい。魚や野菜を無性に食べたいと思うことはないが、肉は違う。とにかく肉を頬張りたいのだ。  良く分からないが肉にはそういう魅力がある。きっと失われた野性に訴える何かがあるのだろう。あっという間に脳内は焼き肉に支配されていた。まさか学校の廊下でこの匂いに遭遇するとは……。柏木佐和子(かしわぎさわこ)はそう思った。
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