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《2》
「……とまあ、こんなところだな」
佐藤が、逢介のノートが消えた一連の事情を果恋に話し終えた。
逢介はノートを提出した。しかし、佐藤の手に渡ったノートの群には逢介のノートは存在しなかった。さらに、ノート提出用の段ボール箱を探ってたような怪しい人物はクラスメイトの誰も見ていないらしい。簡潔にまとめれば情報はそれだけしかなかった。
京月果恋と向かい合うようにして、並んで着席する佐藤と逢介。果恋は一連の話を聞き終えると、逢介に目を眇めた。
「……あなたは、見つけて欲しいと思ってるの?」
「えっ?」
「あなたのノートが紛失しているのよ。でもさっきから話しているのは佐藤先生ばかり。そのノートはあなたにとってどうでもいいものなの?」
責めるような口調で言われ、戸惑う逢介。
「……どうでもよくはない。でも、そこまで必死なわけでもないな。失くしたのが数学や英語のノートならもう少し躍起になって探してるだろうけど、無くなったのは道徳のノートだ。適当に書いた作文が書かれたノートひとつ消えたって、別にそこまで悲しくないんだよな。ぶっちゃけ成績に傷がつかないならそれでいい」
「担任の前でよくそこまで本音をぶっちゃけられたものだ」
「いだだだ! すみません!」
佐藤に冗談まじりのヘッドロックをかけられる逢介。そんな馬鹿なやり取りも、興味なさげに視線を外す果恋。
「で、どうだろう、京月。君の意見を聞かせて欲しい。もしや本当にこれは神隠しなのか?」
「馬鹿馬鹿しい……。そんな非科学的なことあるはずありません。ノートが誰かに盗まれたか、あるいは……最初からノートが提出されていなかったか。この二つしか可能性はないでしょう」
果恋が提示した二つの可能性。その片方に、佐藤は怪訝な顔をした。
「提出されていなかった……?」
「ええ。つまり」
果恋は、逢介を冷ややかな視線で射貫いた。
「そこにいる男が、嘘をついているという可能性ですよ」
逢介は急な追及に息を詰まらせた。
「お、俺は確かにノートを提出したぞ! それは俺のクラスメイトも見てる! 嘘だと思うなら聞けばいい!」
「さあ、どうかしら。口裏を合わせているだけかもしれないじゃない」
睨み合う逢介と果恋。佐藤が二人を宥めるように両手を上げる。
「おいおい待て京月、らしくもない。探偵が目先の可能性に飛びついて犯人を追求する、なんてのは論外だ。私は君に、『推理』をしてもらいに来たんだがね?」
「む……」
佐藤の嘲笑に果恋はむっとするが、すぐに咳払いをした。
「……確かに、浅はかでした。彼の顔の造形に腹が立ったので、つい」
「俺をこの顔で生んでくれた母親に謝れ」
「ではもう一つの可能性、盗難の可能性について検討します」
果恋は逢介を当然無視し、背筋を改めて正した。女子にしては身長が高く、その曇りない眼の高さは、男子である逢介の目線にも届かんとしている。他の同世代の女子は決して持ち合わせていないその迫力、そして……存在そのものの魅力に、悔しいが、逢介は圧倒されてしまっていた。
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