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別段恥ずかしがる様子もなく淡々と告げる果恋に、逢介は間の抜けた声を上げた。それに目を輝かせて食いついたのは佐藤だ。
「恋のおまじないだと? なんだ、そんな面白いものが流行ってるのか?」
「ええ、本当にくだらないものですが……。一部の女子の間で流行っているそうです。意中の相手の持ち物を机の中に入れておき、一時間授業を受ければ、恋が実る、だとかなんとか……」
「おいおいおいおい!? ということはアレか、明日原のことが好きな女子が、明日原のノートを盗んだかもしれない、ということか! おいおいおいおいなんだ明日原、お前は隅に置けないな!」
「ちょ、せ、先生! やめてください! そのテンション鬱陶しいですって!」
テンションの上がった佐藤が逢介の髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き乱した。逢介が身をよじる様子に、果恋はつまらなそうに肩をすくめた。
「まあ私は、その可能性は絶無だと思いたいのですが」
「おい、なんでだよ。そう言われるのも腹が立つな」
この少女の逢介に対する好感度はいったいどれだけ低いのだろうか……。苦虫を噛み潰したような顔をする逢介の背中を、佐藤は豪快に笑って叩いた。
「何を言うんだ京月、お前は他のクラスだからあまり知らないと思うが、実はこの明日原はうちのクラスでは結構な人気者なんだぞ。そうでなければクラスをまとめる委員長は務まらないさ」
「委員長……? この男が、ですか……?」
細めていた目を大きく見開く果恋。目が口以上に、ありえないだろう、と告げている。
「ああ。こいつは万人に等しく優しい、いわゆる『いいヤツ』でな。特定の誰かを嫌いもしないし、きちんとクラス全体を気にかけ空気を読む能力に長けている。三組が大きな問題もなく、仲の良いクラスであり続けていられるのは、間違いなくこいつのおかげだよ。こいつを嫌いな人間なんて、うちのクラスには一人もいないだろうな」
「先生……」
そんな風に想ってくれていたのか……。佐藤の惜しみない称賛に、逢介は感動を覚えた。胸の奥がじんと熱くなってくる。
「……まあ、全員に優しい人間というのはあまり異性にモテるタイプではないがな。だから顔はそこそこの容姿にも関わらず、彼女はいないし、いたこともない。告白されたことも一度もない。いわゆる残念なイケメンだ」
「ちょっと!? 余計なこと言わないでくれませんか!? それに、告白されたことがないってなんで言い切るんですか!?」
「だって、無いだろう?」
どこまでも無垢な眼差しで残酷な確認をしてくる佐藤に、逢介はただ声にならない呻きをあげることしか出来なかったのだった。沈黙は何よりの肯定である。
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