《2》

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 来南高校では週に一度、道徳の授業がある。とは言っても大した授業ではなく、五十分間、クラスの担任教師と最近の時事問題などをテーマに意見を交わす、ディベートのような授業だ。  そして、その成績評価は、一か月に一度課される作文課題によって行われることになっている。それがちょうど二週間前に発表された今回の課題、『恋愛をテーマに作文を書いて提出する』、というものだ。 「作文、それも恋愛をテーマに書いた作文なんて、誰かに読まれることを考えるだけで恥ずかしいだろ? だから、昨日はみんなピリピリしてた。段ボール箱の方を常にちらちら窺ってた」 「……なるほど、他のクラスメイトがふざけて自分の作文を勝手に読んだりしないように、牽制をかけていたということね」 「ああ。あの監視体制じゃ、誰かのノートを盗むことなんてできるわけねえよ。俺だって昨日はトイレにも行かずにノートを気にしてたしさ」  逢介は昨日の教室の風景を思い出しながら言う。もう高校生なので、流石に誰かの作文を晒しあげるような真似は誰もしないが、それでも誰もが自分のノートの所在を気にかけていたように思う。男子も女子も、休憩時間に教室にいる時間がいつもより長かった気がする。つまり、クラスメイト全員の目が、監視カメラの役割を果たしていたということだ。  果恋は、黙り込んだまま人差し指を頬に押し当てた。柔らかな頬に、白魚のような指が沈み込む。そう静かに思索に耽る彼女は、やはり逢介が最初に抱いた印象と変わらず、美しい絵画のようによく映える。こんなことは言うべきではないが、彼女に関してはもう喋らないほうがよっぽどいいのではなかろうか……。 「……だから、不躾にこっちを見ないでと言っているでしょう。観覧料を取るわよ」 「お前は貴重な展示物かなんかかよ……」  そんなことを考えていた傍からこれである。逢介はげんなりして椅子の背もたれに背を預ける。すると、果恋がぴくりと眉を動かした。 「……明日原くん。あなたの昨日の時間割を教えて」 「はあ?」 「いいから、早く」  有無を言わさぬ物言いに、逢介はたじろぎながら答えた。 「えっと、数学2、地理、古典、英語表現、地学、体育、現代文……だな」 「やっぱりね」 「なんだよ」 「体育がある」  果恋が鋭い口調で告げた。ああ、と合点がいったと佐藤が反応する。 「確かに体育の時間は、教室から誰もいなくなるな。さっき明日原が言った監視体制は完全になくなる」  確かに、火曜日である昨日の三組の時間割には、六限に体育がある。言うまでもなく、昨日の天気は晴れ。三組の生徒は運動場に出て、男女別にバレーボールをしていた。 「体育の授業中に誰もいない教室に忍び込んで、明日原のノートを盗んだ、と考えるわけだな。だが、教室には鍵がかかっているぞ。他でもない、委員長の明日原が教室の鍵を閉めている」 「またあなたなの? なんなのあなた、この上なく邪魔なのだけれど」 「そんなこと言われても……」     
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