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「これじゃ、今年はふたご座流星群見れないし」
昨夜の大雪で雪化粧を纏った桜の木をデジカメで捉えながら、先輩はぷうっと頬を膨らませる。
「まあ、こういう年もありますって」
白いマフラーに先輩の朱が差した頬のコントラストを、ボクは見逃さずにシャッターを切る。
「こら、今撮ったでしよ!消しなさい!消ーしーてー!」
「ボクのはデジカメじゃないんで、消せませんよ」
さらに頬を膨らませた先輩の眼鏡の奥の目は座っていて、じっとりとボクを見つめる。
「消ーすーのー」
ファインダーの中の先輩は、じりじりと近づいてくるたび大きくなっていく。
「いーやーでーす」
ボクはそんなやり取りが楽しくなって、後ずさりしながらさらにシャッターを切り続ける。
「ほら、貸しなさいっ」
そういいながら先輩は両手を突きだし、ボクの両肩を強く押す。
その衝撃でボクはいつの間にか背にしていた桜の木に後頭部と背中をしこたまぶつける。
「いってぇ…」
「へへん、ざまあみろってんだ!……きゃ、何?」
にんまりと、眼鏡の奥のしてやったりという瞳の先輩の頭に、桜の枝に積もった雪が大小さまざまなかたまりとなって一斉に落ちてきた。
「やだ、もー、なにこれ」
「ははは、ざまあみろってやつです」
ボクはカメラを再び構えると、雪まみれで右往左往する先輩を連写する。
と、一陣の冷たい風が吹き、枝に残る粉雪が先輩を包み込む。
「ああ先輩、流星群の中にいるみたいでキレイですよ」
「…そ、そんなのいいから、雪をはらってー」
目を閉じ、パタパタと両腕を振る先輩の姿に、ボクは思わず吹き出しそうになる。
ほんの数分でも、さまざまなきらめく表情を見せる、ボクだけの被写体。
「ねー、はやくぅ」
「わかりましたよ」
先輩はちょこんと頭を下げる。ボクは先輩の肩の雪をはらい、髪に積もった雪をそっと払いのける。そして少しだけ、頭を撫でてみる。
「ふうー。もう、やられたなぁ」
やられたのはボクの方です。
「そんなあなたが大好きなんです」
なんて口が裂けても言えない。
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