第一章 歯車

19/20
1548人が本棚に入れています
本棚に追加
/290ページ
その人は口元を緩めて微笑んでいた。 柔らかい雰囲気を持つ人だったけど、笑顔はとても儚かった。 消えてしまいそうだ。 現実にはいない人かもしれない。 そんなバカげたことまで考えてしまった。 「さあ、もう帰りなよ。これ以上、遅くならない方がいい」 二十六歳の私よりも年下に見えるその人は、そう言って私の頭をポンッと軽く叩いた。 「あ、あの!」 なんだか、放っておけない。そんな気がした。 この人を一人にしてはいけない。 だから、何か引き留める術がないかと逡巡したものの、その隙に、男性は身体を翻してしまった。
/290ページ

最初のコメントを投稿しよう!