[王さまの誕生と邂逅《かいこう》のC組]

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 なかなか帰り支度をしない私に、たまに一緒に帰る(ぼん)さんや長峰くんが「大丈夫?」「体調悪いの?」と声はかけてくれたけれど、先に帰るように促した。  息を吐き、空を見上げる。  窓から見える冬の曇り空は、一層寒い。 「――うわ、寒いと思ったら。窓開けてるの?」  空っぽの教室にピーンと爽やかな声が響いた。  さっと振り向くと―― 「あ、」  彼がドアの前にいた。  臙脂(えんじ)のマフラーを巻き、寒そうに肩をすくませた彼は、学ランのズボンのポケットに手を突っ込んでいた。学校指定の肩掛けスクールバックをリュックのように背負っている。 「お、じゃない、えっと、」 「呼ぶなら、相武(あいむ)で呼んでよ。僕も馴れておきたいから」  思わず“王さま”と零しそうになって訂正しようとする私に、目を細めた彼が提案する。 「ああ、そっか」  教室の王さまは、王さまではなくなってしまうのだ。 「といっても、高屋さんに今まで呼ばれたためしがないけんだけどね。高屋さんは僕を呼ぼうとするとき、“(オー)”の形作った後に口を閉じるんだ。みんなを苗字で呼ぶ高屋さんが僕を呼ぶなら、“(ユー)”の形なのに」 「よく見てるね」  普通ならここで、驚いたり気味が悪いと思うのかもしれない。でも相武くんがそれを把握していることには、今さら驚くことも引くこともなかった。     
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