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「私はあの時先輩に声をかけてもらって、嬉しかったですよ」
「え.....?」
彼女が、優しく微笑んだ。少し、照れているように見えたのは気のせいだろうか。耳がやけに熱い。自分も人のことは言えないようだ。
「あ、見てください、先輩」
彼女が明るい声をあげた。気付けば、先程まで空を覆っていた雲が魔法のように、消えていた。
そして、朝日が昇る。凍った余呉湖の水面が鏡のように空の景色を反射し、余呉湖の水面にはまるで水彩で描いたような、空と太陽の風景があった。
これが、余呉湖が鏡湖と呼ばれる所以。
同じものを映し出しているはずなのに、水面には現実の風景とは全く違う世界が映っているように感じた。
まるで、ここだけ世界から切り離されたようで、美しい、と言う言葉ではあまりにも足りない。
---カシャリ。
隣でシャッターを切る音がした。レンズから目を離した彼女の表情はとても満足気で、とても輝いていた。
俺はこの時の彼女の表情が好きだ。瞳をキラキラと輝かせる彼女の表情が。
彼女の様々な表情を、もっと見てみたい。彼女の事をもっと知りたい。だから公園で一人、夢中に写真を撮る彼女に声をかけたんだ。なんて、俺に言える勇気はまだ無さそうだ。
それでもいつか、もっと素直に言える日が来るだろうか。彼女に、素直な気持ちを打ち明けられる日が来るだろうか。
今だけ、彼女の気持ちが分かるような気がした。
「帰ろうか」
ひとしきり撮り終えて、満足そうな彼女に俺は言った。まだ、その一言を放つのにはもったいないような気がしたが、もう言ってしまったので遅いな、と思った。彼女が振り返る。
「そうですね」
2人で並んで帰った。
空気がくすぐったい。
今はまだ言えないけれど、彼女といる一瞬を大切にしたい。彼女の中の“永遠”に、俺はなれるだろうか。
「来年も、どっか行こう」
「絶対、ですよ」
彼女がそう言って微笑む。
幸せだと、思った。
ああどうか、この願いが叶うのならば。
---この一瞬よ、永遠に。
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