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「本当に惜しかったよな、あの試合」
野球部の練習風景を撮影していた彼女がカメラを下ろしたところで、僕はそう声をかけた。
「また言ってる。もう去年の夏の話よ?」
彼女はこちらを見ないまま、可笑しそうに笑った。
「だって甲子園の決勝だよ? あそこで優勝してたら記録的快挙だったのに、まさか九回裏で逆転ホームランくらうなんてさ。やっぱり何度思い出しても悔しいよ」
彼女が撮りたいのは、まだ雪が残るグラウンドでの部員たちの自主練風景。――それだけじゃないことは、もう分かっていた。
「私はね……準優勝で良かったと思ってるの」
「え?」
その言葉は初耳だった。
「どうして?」
僕の問いには答えず、彼女はまた、カメラを構えた。何枚かシャッターを切ってカメラを下ろすと、やはり遠くを見つめたまま口を開いた。
彼女の見ている世界に僕はいない。――それだけは、最初から知っていた。
「だって、うちみたいなほとんど知られていない高校が順調に勝ち上がっていって、優勝候補も次々に倒していって、もしあの決勝であんな有名校にまで勝って優勝していたら……。そこで、それまで大切に組み立ててきた壮大なパズルが、綺麗に完成してしまう気がしたんだもの」
不思議なことを言うんだなと僕は思った。
「綺麗に完成した方が気持ちいいじゃないか」
「そうね。でもそうなったら、それ以上の続きはもうないのよ? そこですべてが終わってしまうのよ? そんなの、なんだか寂しいじゃない」
「そうかなぁ……」
僕が首を傾げると、ふいに彼女がこちらを向いた。薄い茶色の澄んだ瞳があまりにまっすぐ僕を見つめるから、思わず息を飲んだ。
「あなたも、そうでしょう?」
「……え」
「あなたも本当は、その手のひらの中に持っているんでしょう? 嵌めたいけれど嵌めたくない、大切な最後のピースを」
心臓が跳ね上がった。何か言わなければと思ったそのわずかな沈黙の間を、白球を打ち上げた金属バットの快音が突き抜けていった。
よく晴れた冬の日の放課後だった。
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