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 結局、彼女の母には何も言えずに帰ってきた。決断をすぐにはくだせなかった。  部屋に入ると、聡介は電気もつけずにソファに倒れ込んだ。なにげなくテレビをつけると、真っ暗な部屋でテレビのあかりだけが目に眩しい。  頭のなかは、由香のことでいっぱいだった。彼女の母や医師は、彼女が目覚めない可能性があることも前提にして備えている。それなのに自分は、彼女が明日にでもけろっと目を覚ましてくれるのではと期待ばかりしてしまう。僕はお気楽なのだろうか? でも、彼女が目覚めないことを考えるなんて……。僕はどうすればいいのだろう。 「タイムトラベル」  雑音でしかなかったテレビの音の中から、その単語だけが、はっきりと聡介の耳に届いた。最近、タイムトラベルの装置が実用化されて、それに関わる制度もととのってきており、何かと話題になっていた。 「やはり、開発者への敬意も込めて、タイムトラベルの装置が完成した時期より過去には、戻ってはいけない決まりがあるんですよ。まあね、理論上は可能なんですけどねえ……」  テレビに映った専門家は、苦笑しながら言った。いつの間にかテレビに釘付けになっていた聡介ははっとした。タイムトラベルの装置が完成した時期より過去には、戻ってはいけない? そんなのはもう、五年以上も前のことだ。僕には、それで充分じゃないか。 確かめなければ。過去に戻って、彼女があの日僕になにを伝えたかったのかを……。  さっそく聡介は、過去に戻る手続きをすると、由香に宛てて手紙を書いた。出発する朝、由香が眠っている病室へ行き、その手紙を枕元の引き出しにしまった。いつか彼女が目覚めることを願って。
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