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それから一ヶ月。
あの日事故に遭った彼女は、頭の打ちどころが悪かったらしく、ずっと眠っている。
「聡介くん」
名前を呼ばれて振り返ると、由香の母が病室の入口に立っていた。
「お義母さん……」
軽く会釈を返すと、母は、その表情に悲しみの色をたたえた。目にはうっすらと涙を浮かべて。
「あのね、聡介くん。とても言いづらいのだけれど」
母はそう前置きすると、ベッドに歩み寄り、娘の手を握った。しばらくそうしてから、聡介をしっかりと見つめて、言葉をつづける。
「由香、もしかしたら、ずっと眠ったままなのかもしれないって、お医者さまがおっしゃっているでしょう。そんな由香のことを、目覚めるまで待っていてあげて、なんて言うの、とても、酷なことだってね、思うの。だからね、聡介くん。聡介くんの人生は、まだまだ長いのだから……」
母の声はだんだんと小さくなり、そこで途絶えた。それでも、聡介には、母が言わんとしていることが充分に伝わった。聡介のことを考えてくれているからこその言葉なのだ。だからこそ、聡介は、その申し出を拒否することも、もちろん快諾することもできず、ただ立ちつくしてしまった。
ベッドで眠っている由香に視線をうつしたが、彼女の表情からは、何の感情も読み取れない。
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